先日、施術中に
私の昔の話をしました。

体がガチガチに疲れている方でした。
仕事も家のことも手一杯で、
休む時間がない。
そういう方に、
「もっと休んでくださいね」と言うのは簡単ですが、
休めないから困っているんですよね。

それで、つい
自分の話をしてしまいました。

40歳の頃、親のことを考え始めました
私は40を超えたあたりで、
親との同居や、親の老後のことを
考えないと大変だろうな、と思うようになりました。
まだ元気なうちです。
何かあったわけでもありません。

きっかけは、
少し年上の方々を見ていたことでした。
50歳を過ぎた方たちが、
親御さんのことでかなり揉めている。
しかもそれが、
もうギリギリのところまで来てから
始まっている感じがしたんです。

それを見て、
「これは早めに考えておかないと」と思いました。

祖父母が元気なうちに、切り出してみたんです
市役所に行くと、
そういう時の書類の書き方をまとめたものが
無料で置いてあります。
それをもらってきて、
祖父母がまだ健在のうちに
「一緒に作ろうぜ」と言ってみました。

——何にも反応がありませんでした。
「ああ、そうだよね」と、
やんわり戻されて終わりです。

まあ、そうなりますよね。
元気なうちにその話をされても、
嬉しいものではありません。

ただ、その時に感じたことがありました。
40歳の時点で、親とこんなに意見が合わないんだ、と。
お互い元気で、頭もはっきりしていて、
それでも合わない。

なら、
お互いが歳をとって、
体も気持ちも余裕がなくなってからだと、
もっと激しくなるに決まっている。
そう思ったから、
早め早めにしよう、と考えるようになりました。

お金の問題だけじゃないんです
こういう話をすると
「相続の話でしょ」と思われるかもしれませんが、
私が言いたいのはそこではありません。

遅くなればなるほど、
どんどん辛くなる。

その「辛くなる」の中身が、
お金だけじゃないんです。
話し合う気力、
調べる時間、
何度も足を運ぶ体力。

そして一番大きいのが、
そのすべてが、一番忙しい時期に
まとめて降ってくる
ということです。

いま、みんな時間がありません
共働きが当たり前になって、
物価も上がって、
多くの方が失ったのはお金だけではないと思います。
時間です。

心も体も休ませられないくらい、
みんな忙しい。
動けるはずなのに動けない。
それが今だと思います。

そういう時に、
「まだ来ないこと」の準備なんて、
できるはずがありません。
親はまだ元気だし、
今日の仕事が終わらないんですから。

でも——
それは必ず来ます。
車の事故や災害と違って、
来るかどうかではなく、
いつ来るかの話です。

何も手を打たないまま、
一息ついた頃にそれが来ると、
すでに大きくなった問題が、
今の忙しい生活の上に
そのまま重しとして乗ります。

これは、体の話でもあります
私がいつも施術で申し上げていることと、
まったく同じ構造だな、と思うんです。

痛くなってから来るより、
痛くなる前に。
小さいうちに手を打つ方が、
結局はラクなんです。

後回しにするほど重くなるのは、
体も、家族のことも同じでした。

そして、この二つは別々の話ではありません。
準備がないまま親のことが始まった方は、
必ずと言っていいほど、
体がガチガチになって来られます。
心の重しは、そのまま体の硬さになります。

少しでも早く、
少しでも形を作っておく。
完璧じゃなくていいんです。
後から直せばいいので。

それは親御さんのためだけでなく、
ご自身のためであり、
お子さんのためであり、
ご親戚のためでもあります。
巡り巡って、
自分の体を守ることになります。

長くなりましたので、
続きは次のブログで書かせてください。

次回は、
ご家族を支えている方が
ご自身のケアを後回しにしてしまう——
という話をしたいと思います。
支える側が倒れてしまっては、
元も子もありませんから。

小川